売却価値の考え方

近年は、事業承継が社会的な課題となっている。これに伴い、中小企業庁は「中小M&A推進計画」を公表。M&Aに係る費用の一部を補助金の対象とした。また、総裁選に敗れた河野太郎氏が行政・規制改革担当大臣時代に「中小企業のM&Aにおいて仲介業者が買い手・売り手の両方から手数料を取ることは利益相反であり、中小企業庁に働きかけてこうした慣習を変えたい」との発言をしたのは記憶に新しいが、悪質な業者が後を絶たないため、業者に登録させ、当該業者に係る必要の一部を補助金の対象とした。さらに、業者団体「M&A仲介協会」が発足。業務の標準化に取り組むという。しかし毎日、様々な業者が参入し、マッチングサイトが現れ、中にはユーチューバーも登場。企業をあたかも「古本」や「中古物件」にように扱い、目を覆いたくなるような状況である。

その中でとりわけ気になるのが、彼らが売手に提案している「企業価値評価書」。いわゆるバリュエーションである。しかし、純資産に数年分の利益を加算した価値が示されていることが多い。これは「年買法(年倍法)」と呼ばれ、WACCは考慮しておらず、加算する利益は業者の主観という。このインカムアプローチかコストアプローチかよく分からない方法はなぜ浸透しているのか。それは、売手は高く売却してくれる業者を選定するため、業者は売手に高いバリュエーションを提案したいところ、この方法は社歴が長く、純資産が積みあがっている企業の評価は高くなるため、業者にとっては格好の方法だからである。

年買法(年倍法)による価値で買収する買手がいるかもしれない。なぜなら、投資金額は、まず純資産で回収し、純資産を超える分は、数年分で回収できると考えることができるからである。しかし、コメンタリー「企業価値の概念」で触れたように、売却後も安心して任せられるような買手は一般的に、ROICがWACCを上回り、エコノミックプロフィットがプラスの事業を買収する。そのためには、買収プレミアムを上回るシナジーを創出できる価値(ストラテジック支配価値やシナジー的価値)を算定し、それを上限値としてそれより低い価格で買収する。この価値は、開示されることはないが、一般的には積み上げていく方法や想定価値から成長率を逆算する方法があり、オペレーショナルDDよりもむしろ、コマーシャルDDを重視し、売手の過去の実績のみならず、買収したい市場の特定、市場の成長率、市場での競合会社の動向、売手の経営資源、買収後の将来の見込みに基づいて検討する。すなわち、買手は売手のいう「価値」があるから買収するのではなく、買手の「戦略」、つまり、自らに必要な「市場」や「経営資源」があり、売手の「経営資源」に「価値」があるから買収する(売手のいう「価値」があったとしても、買手が欲しい「経営資源」に「価値」がなければ売却できない)ケースが多い。これが買手によって売却価値が変わる所以である。

ある業者は「速く成約させるのが仕事」という。しかし、売手がもし売却後も安心して任せられるような買手に高く売却したいのであれば、相対か入札かを問わず、「経営資源」の買手である顧客が求める「市場」は何か、自社は「競合」より「強み」はあるのか、その根拠である「経営資源」はあるのか、その「価値」をどう伝えるのかというマーケティングの発想をもち、その材料を提供することが得策であると思われる。

フィデューシャリーアドバイザーズ株式会社 吉村一男

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