MBOにおけるTOB価格の考え方

投資ファンドが関与しないMBOとして過去最大級(最大714億円)と目されていた片倉工業のMBOが不成立に終わった。

不成立の要因は、発行済み株式(自己株式を除く)の3分の2に相当する2214万株以上の応募株数が成立条件であったが、株主からの応募が1967万株にとどまったため。そして、株主が応募しなかったのは、TOB公表後、株価がTOB価格(2150円)を上回って推移していたため。

なぜTOB公表後、株価がTOB価格を上回って推移していたかというと、筆頭株主だった香港の投資ファンド、オアシス・マネジメントから保有株を取得した鹿児島東インド会社の存在。彼らがTOB価格は「保有する不動産の時価を考慮すると著しく低廉」との意見を表明していたことが大きい。

そもそもMBOの要因については、取引所の市場構造改革に伴う上場維持コストの増加や、コメンタリー「M&A市場の動向」で触れたように、資金の出し手に多額に資金が集まっていることが考えられる。しかし、いつの時代も変わらないのが、株価のアンダーバリュエーション仮説。これは、買手である経営陣が、買収対象の上場企業の株価がその潜在バリュエーションよりも過小に評価されていると認識できる場合、買収後の価値創造によって獲得される期待利益の幅も大きくなる、すなわち、株価水準が低くなっているほど、MBOを行うというもの。私自身もMBOがピークであった2008年前後、これが統計的に正しいか実証したことがあるが(「MBOと少数株主利益-MBOにおける少数株主は十分に補償されているか-」企業会計62巻10号(2010年)83頁「MBOにおけるTOB価格の適切性と構造的強圧性の存在」月刊資本市場304号(2010年)4頁)、南山大学の川本真哉教授が執筆し、近時発売された『日本のマネジメント・バイアウト』(有斐閣)でもこれが実証され、これは国内のみならず、海外でも多くの先行研究がある。したがって、MBOにおける株主の目線は厳しい。

記憶に新しいのが、2019年の廣済堂、ユニゾホールディングス、2020年のニチイ学館、日本アジアグループ、2021年のサカイオーベックス。いずれも株式からクレームがあったケースであるが、廣済堂、日本アジアグループ、サカイオーベックスは不成立に終わった。そして、コメンタリー「日本のM&A市場:2021年」で触れたように、2021年はTOBの不成立案件が7件のうち、MBOによる非上場化案件が3件(サカイオーベックス、光陽社、パイプドHD)となった。

MBOについては、M&A指針で公正性担保措置が提示され、プラクティスが固まりつつある。しかし、上記拙稿及び南山大学の川本信哉教授の上記書籍でも触れているように、たとえ公正性担保措置を講じたとしても、TOB価格への効果は限定的であることが実証されている。一方、コメンタリー「アクティビズムの動向」で触れたように、わが国も近年、米国と同様、上場企業の株主構造が変化し、アセットオーナーから資金運用を受託したアクティビストの保有が確認されている企業が増加しており、上場企業に対して、アクティビストがキャンペーンするケースが増加している。廣済堂、ユニゾホールディングス、ニチイ学館、日本アジアグループ、サカイオーベックスのMBOは、いずれもアクティビストからキャンペーンを受けた。また、『バリュエーションの理論と実務』でも触れているように、裁判でも厳しい見方をされる。MBOは構造的に利益相反がある取引。MBOにおけるTOB価格は、公表後、株主からクレームがあり、裁判でも守られにくいことを想定した上で、決定すべきことは昔も今も変わらない。

フィデューシャリーアドバイザーズ株式会社 吉村一男

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