2021年は、敵対的買収や競合的買収が目立ったため、「企業価値」が何かを改めて考える年となった。
思えば、2014年に公表された「伊藤レポート」は、ROE8%を掲げていた。これは、日本の株式資本コストは6~7%程度であったところ、ROEの水準もこれと同水準であったため、投資家はたとえ株式に投資したとしても、リターンをあげられておらず、企業は価値を向上させていないのではないかという指摘であった(ただし、ROEは財務改善すれば向上するため、経営指標にすべきではない)。
その企業価値は、将来に創出されるエコノミックプロフィットを現在価値に割り引いた値であり、そのエコノミックプロフィットはROICからWACCを引いたものに投下資産を掛けて算出することができる。いうまでもなく、ROICがWACCを上回っていれば企業価値が向上し、下回っていれば企業価値はき損する。すなわち、企業価値は、ROIC、成長率、そしてWACCを変えなければ、向上しない。
この企業価値を向上させるための有効な手段がM&Aといえる。
まず、ROICがWACCを下回り、エコノミックプロフィットがマイナスの事業は売却すべきといえる。なぜなら、買手は売手は自らがベストオーナーと考える価値(スタンドアローン価値)以上の価格で買収せざるを得ないが、その価格のうち、一部は買収プレミアムとして売手に支払うからである。すなわち、企業は自らでは実現できなかった事業のシナジーを享受することができる。
また、ROICがWACCを上回り、エコノミックプロフィットがプラスの事業は買収すべきといえる。しかし、これは簡単ではない。なぜなら、前述のとおり、買手は売手はスタンドアローン価値以上の価格で買収せざるを得ないが、その価格のうち、一部は買収プレミアムとして売手に支払うため、それを上回るシナジーを創出しなければならないからである。そのため、買収後は、いわゆる「財務改善」のみならず、「戦略改善」をしなければならない。米国では、このように改善した価値をそれぞれ、「ファイナンシャル支配価値」や「支配株式価値」、「ストラテジック支配価値」や「シナジー的価値」というが(詳細は『バリュエーションの理論と実務』を参照)、「ストラテジック支配価値」や「シナジー的価値」まで実現するには、単に収益の改善だけでなく、成長率の向上も必要といえる。
事業を維持するのか、売却するのか、買収するのか。それはその企業の「戦略」による。戦略は、いうまでもなく、どの「市場」でどう戦うか。ある投資家は「市場しか見ていない」という。それはROICが市場によって異なるからである。コメンタリー「M&A市場の動向」で触れたように、テクノロジーを有する非上場のスタートアップを買収するケースが増加しているのは、この市場のROICがWACCを上回ると考えている証左といえる。もっとも、市場は業界とは異なる。一見同じ業界に見えても、顧客が違えば、市場は異なる。一橋大学ビジネススクールの楠木健教授がよくたとえに出すのが、スターバックスとドトールコーヒー。一見同じ業界かもしれないが、同じ市場とはいえない。なぜなら、スターバックスが顧客に提供するのはThirdplace。職場でも自宅でも疲れたビジネスパーソンに第三の場所を提供するというコンセプトでスタート。その意味では、スターバックスと居酒屋やカラオケが同じ市場といえるかもしれない。市場が決まれば、あとは「経営資源」をどう配分するか。何に投資するのか、投資は自社のみでやるかアウトソースするか、営業は直販にするか代理店販売にするか。
企業価値は、平時の経営やM&Aのみならず、コメンタリー「日本の買収防衛法理から示唆されること」で触れたように、わが国では買収防衛の法理でも登場する重要な概念となった。経営者はこれを軸に全社ベースで経営を行い、投資家はこれを軸に経営者と対話を続ける。これが好循環を生む。
フィデューシャリーアドバイザーズ株式会社 吉村一男
Commentary
企業価値の概念
2021年は、敵対的買収や競合的買収が目立ったため、「企業価値」が何かを改めて考える年となった。
思えば、2014年に公表された「伊藤レポート」は、ROE8%を掲げていた。これは、日本の株式資本コストは6~7%程度であったところ、ROEの水準もこれと同水準であったため、投資家はたとえ株式に投資したとしても、リターンをあげられておらず、企業は価値を向上させていないのではないかという指摘であった(ただし、ROEは財務改善すれば向上するため、経営指標にすべきではない)。
その企業価値は、将来に創出されるエコノミックプロフィットを現在価値に割り引いた値であり、そのエコノミックプロフィットはROICからWACCを引いたものに投下資産を掛けて算出することができる。いうまでもなく、ROICがWACCを上回っていれば企業価値が向上し、下回っていれば企業価値はき損する。すなわち、企業価値は、ROIC、成長率、そしてWACCを変えなければ、向上しない。
この企業価値を向上させるための有効な手段がM&Aといえる。
まず、ROICがWACCを下回り、エコノミックプロフィットがマイナスの事業は売却すべきといえる。なぜなら、買手は売手は自らがベストオーナーと考える価値(スタンドアローン価値)以上の価格で買収せざるを得ないが、その価格のうち、一部は買収プレミアムとして売手に支払うからである。すなわち、企業は自らでは実現できなかった事業のシナジーを享受することができる。
また、ROICがWACCを上回り、エコノミックプロフィットがプラスの事業は買収すべきといえる。しかし、これは簡単ではない。なぜなら、前述のとおり、買手は売手はスタンドアローン価値以上の価格で買収せざるを得ないが、その価格のうち、一部は買収プレミアムとして売手に支払うため、それを上回るシナジーを創出しなければならないからである。そのため、買収後は、いわゆる「財務改善」のみならず、「戦略改善」をしなければならない。米国では、このように改善した価値をそれぞれ、「ファイナンシャル支配価値」や「支配株式価値」、「ストラテジック支配価値」や「シナジー的価値」というが(詳細は『バリュエーションの理論と実務』を参照)、「ストラテジック支配価値」や「シナジー的価値」まで実現するには、単に収益の改善だけでなく、成長率の向上も必要といえる。
事業を維持するのか、売却するのか、買収するのか。それはその企業の「戦略」による。戦略は、いうまでもなく、どの「市場」でどう戦うか。ある投資家は「市場しか見ていない」という。それはROICが市場によって異なるからである。コメンタリー「M&A市場の動向」で触れたように、テクノロジーを有する非上場のスタートアップを買収するケースが増加しているのは、この市場のROICがWACCを上回ると考えている証左といえる。もっとも、市場は業界とは異なる。一見同じ業界に見えても、顧客が違えば、市場は異なる。一橋大学ビジネススクールの楠木健教授がよくたとえに出すのが、スターバックスとドトールコーヒー。一見同じ業界かもしれないが、同じ市場とはいえない。なぜなら、スターバックスが顧客に提供するのはThirdplace。職場でも自宅でも疲れたビジネスパーソンに第三の場所を提供するというコンセプトでスタート。その意味では、スターバックスと居酒屋やカラオケが同じ市場といえるかもしれない。市場が決まれば、あとは「経営資源」をどう配分するか。何に投資するのか、投資は自社のみでやるかアウトソースするか、営業は直販にするか代理店販売にするか。
企業価値は、平時の経営やM&Aのみならず、コメンタリー「日本の買収防衛法理から示唆されること」で触れたように、わが国では買収防衛の法理でも登場する重要な概念となった。経営者はこれを軸に全社ベースで経営を行い、投資家はこれを軸に経営者と対話を続ける。これが好循環を生む。
フィデューシャリーアドバイザーズ株式会社 吉村一男
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